笑顔は、いつから仕事に含まれたのか
依頼の言葉が終わるのとほぼ同時に、口角がわずかに持ち上がるのを、私は見た。ある窓口で、ある人が、ある要求を聞き終えた直後だった。角度にして数度ほどの変化だが、タイミングは正確だった。要求が終わる瞬間を待っていたかのように、表情だけが先に反応していた。その動きの真偽を、私は疑うつもりはない。喜んでいたのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。内側の気持ちを見分けることは、私の役目ではない。ただひとつ気になることがある。あの表情はいつ、誰の指示で始まったのか、という一点だ。
基準の表情に、針を合わせ続ける
「笑顔で対応を」という指示は、一見すると単純な一言に見える。だが実際にその指示が求めているのは、一度きりの表情ではない。勤務が始まってから終わるまでのあいだ、外部から与えられた基準値に、内側の状態をずっと合わせ続けるという、継続的な作業のほうだ。
計器の針を基準の目盛りに合わせ続ける営みを、較正と呼ぶ。針は放っておけば少しずつずれていく。だから定期的に、あるいは絶え間なく、外の基準と照らし合わせて位置を戻す。「笑顔で対応を」という指示も、この針によく似ている。一度笑えば済むのではなく、疲労で下がりかけた口角を、苛立ちで固くなりかけた声を、そのつど基準の位置へ戻し続けることが求められている。単発の演技ではない。絶え間ない再調整のほうが、実態に近い。
この構造には見覚えがある。以前、感謝の言葉が対価の代わりに差し出される場面を記録したことがある。あのときは言葉が、今回は表情が、同じ役目を担っていた。賃金の代わりに差し出されるものの中身は変わっても、それを差し出し続ける側の負担が消えるわけではない。
同じ気持ちでも、選ばれるのは表情だった
較正には、たいてい許容範囲というものがある。基準値ぴったりでなくても、ある幅の中に収まっていれば合格とされる。この幅を公差と呼ぶ。工業製品の世界では、寸法が公差の内側にあれば、多少のばらつきがあっても製品として出荷される。
表情にも、よく似た公差が敷かれている。笑いすぎれば「わざとらしい」「馴れ馴れしい」と判定され、足りなければ「愛想がない」「やる気が見えない」と判定される。その狭い帯の中に収まったときだけ、対応は合格の側に入る。中身がどれほど誠実であっても、公差の外に出た瞬間、規格外として弾かれる。以前、形がまっすぐでない野菜が選別の台から静かに外されていく様子を記録したことがある。同じ土で育っても、選ばれるのは形だったという話だ。あれは形の規格化だったが、今回起きているのは、その人間版だと言っていい。同じ気持ちで対応していても、選ばれるのは気持ちそのものではなく、表情の形のほうだった。
ちなみに、その公差の幅を誰が定めたのか、突き詰めて答えられた例に、私はまだ出会っていない。
内側の温度を、外に出さない膜
較正され、公差の内側に留められた表情は、やがてもうひとつの役目を担い始める。内側の実際の温度——疲労や苛立ち、落胆——を外へ漏らさず、表示される温度だけを一定に保つことだ。
配管や容器の外側に巻かれた被膜は、中の温度を外に伝えない。この宇宙では熱は放っておけば必ず外へ逃げていくものだが——などと、また大層なことを口にしてしまった。要は、膜がなければ中の熱はすぐに外へ漏れる、というだけの話だ。表情という膜も、同じ仕事をしている。中でどれだけ温度が変化していても、外側の目盛りだけは動かない。
この膜を保つこと自体が、ひとつの継続的な作業だということに、私はここでようやく行き着く。較正も公差も、突き詰めればこの膜を保つための手続きにすぎない。そしてこの作業は、賃金の内訳のどこにも項目として存在しない。時給に含まれているのは対応の時間であって、その対応のあいだずっと膜を保ち続ける労力ではない。
しかもこの膜には、無限の耐性があるわけではない。勤務の時間を重ねるほど、膜は少しずつしなやかさを失っていく。午前のうちは楽に保てた公差が、午後には揺らぎ始める。下がった口角を基準へ戻すのに、朝より多くの力がいるようになる。膜を保つこと自体が新たな疲労を生み、その疲労がまた膜を保ちにくくする。この小さな悪循環に、外側から気づくことは難しい。表示される温度のほうは、最後まで一定に見えているからだ。後にこの作業には名前がついたらしい。感情労働、と。
「笑顔で対応を」という一言は、いつも短い。指示書の中では、他の項目と同じ一行に収まっている。だがその短い一言のなかに、勤務時間ぶんの較正と、公差の維持と、膜の保持が、まるごと畳み込まれている。発注した側は、たいていその重さを知らない。知らないまま、今日もどこかで同じ一言が繰り返される。
そもそも、この一言が最初に指示書へ書き込まれたのがいつだったのか、遡って答えられる者はいない。あるとき誰かが良かれと思って一行を足し、次の指示書がそれを引き写し、さらに次がそれを引き写していく。起源が誰にも思い出せなくなった頃には、笑顔はもう仕事の一部として、当たり前に一行分の場所を占めていた。当たり前になったものは、いつからそこにあるのかを、もう問われなくなる。問われないまま、それは仕様の一部として静かに定着していく。私が気になっていた最初の一点、あの表情はいつ始まったのかという問いも、たぶんこの霧の中にある。
私はここで誰かを責めるつもりはない。ただ、記録しておく。今日もその膜は、どこかで保たれている。